国道16号線を車で走っていると、かつて活気に満ちていた「ホンダ狭山工場」の風景が変わり、寂しさを感じている方も多いのではないでしょうか。
「あそこは物流倉庫になるらしい」「いや、更地にして売却されるのでは?」そんな噂が飛び交っていましたが、ついにその「未来」が明らかになりました。
結論から言うと、ホンダ狭山工場は「車載用電池工場」として復活します。

しかも、ただの工場ではありません。ホンダが世界で戦うための、最も重要な技術を確立する「マザー工場」としての役割を再び担うことになるのです。
この記事では、ホンダの発表や最新の業界動向をもとに、狭山工場がどう変わるのか、私たちの街にどんな影響があるのかを詳しく解説します。
「さようなら」から数年…狭山工場のこれまで
まずは、時計の針を少し戻してみましょう。
伝説の「マザー工場」だった時代
1964年(昭和39年)、東京オリンピックの年に操業を開始した狭山工場は、ホンダの歴史そのものでした。
「シビック」「アコード」「オデッセイ」「ステップワゴン」……。街で見かけるホンダ車の多くが、ここ狭山で生まれました。単に車を作るだけでなく、新しい技術を開発し、それを世界中のホンダ工場へ伝える「マザー工場」として、世界のホンダをリードしてきたのです。
涙の閉鎖、そして静寂
しかし、時代の変化とともに工場の老朽化が進み、2017年に「閉鎖」が決定。2021年12月には完成車の生産を終了し、感動的な「ラインオフ式(最後の出荷式)」が行われました。
その後も部品生産は続けられていましたが、それも2024年6月に終了。工場としての機能は完全に停止し、解体工事や設備の撤去が進む中、その跡地利用に注目が集まっていました。
大逆転!なぜ「電池工場」として復活するのか?
「もう狭山でモノづくりは行われないのか……」
そう諦めかけていたところに飛び込んできたのが、「狭山工場跡地を、ホンダ単独では初となる車載電池工場にする」というニュースです。
なぜ、ホンダは一度閉鎖した場所を再び選んだのでしょうか?
理由①:カナダへの「架け橋」が必要だった
ホンダは現在、カナダに巨大なEV(電気自動車)用バッテリー工場を建設しようとしています。しかし、いきなり海外で未経験のバッテリーを大量生産するのはリスクが高すぎます。
そこで、「まずは日本国内で、確実に生産できる技術(マザーライン)を完成させる」必要がありました。その場所に選ばれたのが、かつて自動車生産のマザー工場だった狭山です。狭山で確立した技術を、カナダへ輸出する――かつての役割が、エンジンから電池に変わって復活したのです。
理由②:あるものは使う!インフラの強み
電池工場は、大量の電気や水を必要とします。更地からすべてを作るよりも、もともと巨大な自動車工場だった狭山には、強力な電力設備や工業用水のパイプラインが整っています。これらを再利用することで、スピーディーかつ低コストに立ち上げることができるのです。
「全固体電池」とは違う?狭山で作る電池の正体
ここで少し専門的なお話を。「ホンダの電池」というと、ニュースでよく聞く「全固体電池」を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、狭山で作られるのはそれとは少し違います。
| 工場 | 栃木県さくら市(研究所内) | 埼玉県狭山市(旧・狭山工場) |
| 作るもの | 全固体電池 (未来の技術) | 高性能リチウムイオン電池 (今の主力) |
| 目的 | 実験・開発(パイロットライン) | 量産技術の確立(マザーライン) |
| 稼働状況 | 2025年1月から稼働中 | 2020年代後半に向けて準備中 |
栃木県のさくら市にある施設は、次世代の「全固体電池」を開発するための実験施設です。
一方、狭山工場で作られるのは、現在のEVの主流である「液系リチウムイオン電池」を進化させたものです。GSユアサと共同開発した技術を使い、より高品質な電池を効率よく作る方法を研究・生産します1。
つまり、さくら市は「未来の種」を育て、狭山市は「今」を支える、どちらも欠かせない重要な拠点なのです。
狭山市への影響は?雇用や経済はどうなる?
地元・狭山市民にとって一番気になるのは、「また街が賑やかになるのか?」という点でしょう。
雇用の復活
電池工場の規模は、当初は「3〜4GWh(ギガワットアワー)」程度と見られています。これはEV約6万台分に相当します。
これからの生産工場は、カーボンニュートラルやファクトリーオートメーションを意識して作られることが多いため、かつての完成車工場(数千人規模)ほどではないかもしれませんが、数百人から1,000人規模の雇用が生まれる可能性があります。特に、電池製造には化学や電気の専門知識を持つエンジニアが必要とされるため、高度な技術者が狭山に集まることになります。
ホンダは2040年までに世界で販売する全ての車両をEV、FCVに置き換える事を明言しており、今後バッテリー生産は益々需要が高まり、これらが狭山市周辺の産業を牽引するきっかけとなれば最高です。
サプライチェーンの再構築
狭山工場の周辺には、多くの協力会社(サプライヤー)がありました。エンジン部品の仕事は減ってしまいましたが、今後は「電池ケースの加工」や「工場のメンテナンス」など、新しい仕事が生まれるチャンスがあります。市や県も、こうした企業の「EVシフト」を支援しており、地域経済の活性化が期待されています。
狭山は再び「世界のホンダ」の心臓部へ
一度は「役割を終えた」と思われた狭山工場。しかし、100年に一度と言われる自動車産業の大変革期において、ホンダは再びこの地を頼りにしました。
「狭山で成功しなければ、世界のEV競争には勝てない」
そんな重責を担い、狭山工場は「エンジンの故郷」から「バッテリーの心臓部」へと生まれ変わろうとしています。
2026年、そしてその先へ。アイサヤマでは、これからも変わりゆく狭山工場の姿と、街の新しい息吹を追いかけていきます。
