夏の狭山を熱く焦がす、一年で最も華やかな2日間が今年もやってきます。
2026年8月1日(土)・2日(日)の週末、関東三大七夕の一つに数えられる「狭山市入間川七夕まつり」が開催されます!
駅前から市民会館周辺まで、約1.5キロの通りを埋め尽くす色鮮やかな七夕飾り。涼やかな風に吹かれてサラサラと揺れる情景は、まさに狭山の夏の風物詩ですね。
ところで皆さん、会場を歩いていると、1本の竹に短冊を吊るした「たけかざり(竹飾り・笹飾り)」と、通りの両側や商店の軒先に大きく組まれた立体的な「やらいかざり(矢来飾り)」の2種類があることに気づきませんか?
実はこの二つ、単にサイズが違うだけではありません。「始まりの歴史」も「込められた願い(いわれ)」も、まったく異なるドラマが隠されているんです。今回は、今年の入間川七夕まつりを100倍深く楽しむために、二つの飾りの知られざるルーツと秘密を特集します!
入間川七夕まつりの誇り!江戸時代中期から続く「伝統の熱気」
まずはおさらい!私たち狭山市民の誇りである「入間川七夕まつり」は、今から150年以上前、江戸時代の中期にはすでに現代の様式の原型があったとされる、たいへん歴史あるお祭りです。
当時は旧暦の7月6日から7日にかけて行われていましたが、現在は季節感や天候を考慮し、毎年8月の第1土曜日・日曜日に開催されています。(今年は2026年8月1日・2日という最高の週末スケジュール!)
平塚、茂原に並ぶ「関東三大七夕まつり」の一つとして認知され、これら3つの七夕まつりに共通するのが、街全体を覆い尽くす「飾りの豪華さと多様性」なのです。
個人と神様をつなぐ祈りの象徴「たけかざり(竹飾り・笹飾り)」
私たちが子どもの頃から親しんでいる、短冊や紙細工をつるす「たけかざり」。ここには日本古来の神秘的な信仰が生きているのをご存知でしょうか?
■ 始まりは古代の宮中行事と江戸の寺子屋
七夕の起源は、古代中国で織女星(織姫)にあやかり、機織りや裁縫、手芸の上達を願った星祭り「乞巧奠(きこうでん)」と、日本古来、豊作を願って神様の着物を織る「棚機女(たなばたつめ)」の伝説が融合したものです。
奈良時代に宮中行事として始まりましたが、これが爆発的に広まったのが江戸時代。読み書きを教える「寺子屋」の普及に伴い、子どもたちが「字が上手になりますように」「手習いが上達しますように」と、筆で書いた短冊を竹に飾るようになり、庶民の文化として定着しました。
■ なぜ「竹(笹)」に飾るのか?
数ある植物の中で、なぜ竹や笹が選ばれたのでしょうか?これには3つの深い理由(いわれ)があります。
- 神様が降りてくる目印(依り代)竹は冬でも枯れない「常緑樹」で、天に向かってまっすぐ成長することから、神聖な植物とされてきました。高い空から神様が降りてくるための「目印(依り代・よりしろ)」と考えられたのです。
- 「サラサラ」という音が邪気を祓う風に揺れて葉が擦れ合う「サラサラ」という音には、神様を招き寄せ、厄災や魔を祓う不思議な力があると信じられていました。
- 空へ願いを届ける煙昔は、七夕の翌日に飾りを川に流したり、お焚き上げをしたりしていました(※現在は川への流し捨ては行われていません)。竹と一緒に願い事が書かれた短冊の煙が天高く昇ることで、天の川の神様に願いが届くと考えられていたのです。

入間川七夕の真骨頂!街を覆う立体空間「やらいかざり(矢来飾り)」
そして、入間川七夕まつりにおいて絶対に目を奪われるのが、圧倒的なスケールを誇る「やらいかざり(矢来飾り)」です!
■ 「矢来(やらい)」って何?
「矢来(やらい)」とは、もともと竹や木材を交差させて組んだ「仮設の垣根」や「丈夫な骨組み」のことを指す言葉です。
入間川の通りを歩くと、お店や事業所の前に大きな木や竹のフレーム(棚・枠組み)が組まれ、そこから大きな「くす玉」や「吹き流し」、人気キャラクターの飾り、あんどんなどが吊るされていますよね。この「強い骨組みから立体的に飾りを吊るす様式」を、総称して「やらい飾り」と呼びます。

■ どうして「やらい飾り」が生まれたの?
個人の家庭で行われていた静かな「竹飾り」が、なぜこれほど巨大な「やらい飾り」へと進化したのでしょうか?
それは明治から昭和、そして戦後にかけて、七夕が「商店街・地域全体で人々をもてなすお祭り」へとダイナミックに発展したからです。
特に戦後の復興期、商店街の旦那衆や住民たちは「街を元気にしよう!」「たくさんの人に狭山に来てもらおう!」と熱意を燃やしました。
隣のお店よりも華やかに、より立体的に、より多くの人を惹きつけるために……と装飾の競争と進化が始まったのです。しかし、巨大なくす玉や何本もの長い吹き流しは、1本の細い竹では重すぎて支えきれません。そこで、丈夫な「矢来(枠組み)」を組んで街並みそのものを装飾するという、壮大なスタイルが定着しました。
■ 「くす玉」と「やらい」に込められた熱い願い
やらい飾りの象徴である巨大な「くす玉」。これは単なる飾りではなく、中国の「薬玉(くすだま)」にルーツがあります。昔は香料や薬草を袋に入れて吊るし、「疫病や邪気を祓う魔除け」として使われていました。
つまり、通りの上を覆うようにかけられた「やらい飾り」の下を歩くこと自体が、「街中の厄を除け、訪れた人々の無病息災を願う」という意味を持っているのです!
また、これらの巨大な飾りは一人では絶対に作れません。各町内会や事業所の人々が、お祭りの数ヶ月前から仕事の合間を縫って集まり、和紙を折り、竹を割り、協力して作り上げます。やらい飾りは、「狭山の人々の絆の結晶」であり、「街の商売繁盛と地域活性化の祈り」そのものなのです。
二つの飾りの違いまとめ
| 飾り | たけかざり(竹・笹飾り) | やらいかざり(矢来飾り) |
| 主役・規模 | 個人の家庭、子どもたち | 商店街、町内会、事業所 |
| 歴史のルーツ | 古代宮中行事〜江戸の寺子屋文化 | 明治・戦後の商店街振興〜町おこし |
| 込められた願い | 学業・手芸の上達、個人の夢、家内安全 | 商売繁盛、街の無病息災・厄除け、地域の絆 |
| 見どころ | 短冊に書かれた直筆の温かな願い | 圧倒的スケールと職人技、昼夜で変わる美しさ |
★さやまの矢来飾りの全盛期は凄かった!
狭山市駅が今の駅前になるずっと前の頃、時代は昭和1980年代~90年代のさやまの矢来飾りは凄いものがありました。小学校の夏休みの宿題と言えば「七夕祭りの矢来飾りの写生」でした。今ほど暑い夏ではなかった事もありましたが、当時はそれでも熱く感じる中、デジタルカメラなどが無い時代のため、七夕当日に日陰を選んで道端に絵の具の道具を広げて水彩画を書く子どもたちが沢山いました。私もそのうちの1人でした。
矢来飾りの数は今よりも多く、仕掛けが沢山施されていて、くす玉が電動で回転したり、ロボットが動いたりするものもありました。かつては空が見えないほどの大きなやらい飾りが所狭しと並んでいました。
2026年8月1日・2日は、歴史を感じながら入間川の街を歩こう!
いかがでしたでしょうか?
個人のささやかな願いを天に届ける神秘的な「たけかざり」。 街全体の元気と人々の無病息災を願い、みんなで力強く作り上げた「やらいかざり」。
この歴史と「いわれ」を知ってから見上げる七夕飾りは、今までとは違った、ずっと深い感動を私たちに与えてくれるはずです。
今年の入間川七夕まつりは、昼間の青空に映える極彩色の吹き流しも見事ですが、夕暮れ時、あんどんの柔らかな明かりに照らされた「やらい飾り」が夜風に揺れる幻想的な姿もたまりません。
2026年8月1日(土)、2日(日)の2日間。ぜひご家族や大切な友人と一緒に、狭山が誇る歴史と情熱の結晶、「入間川七夕まつり」へ足を運んでみてください!
【開催概要】
- イベント名: 令和8年度 狭山市入間川七夕まつり
- 開催日程: 2026年(令和8年)8月1日(土)・8月2日(日)
- 会場: 狭山市駅西口〜市民会館周辺〜七夕通り商店街
- アクセス: 西武新宿線「狭山市駅」西口を出てすぐ※当日は周辺道路で大規模な交通規制が行われます。ご来場の際は公共交通機関をご利用ください。
詳しくは以下の特設サイトもご覧ください。

