夏になると各地で耳にする「天王様(てんのうさま)」というお祭りの呼び名。実はこの愛称には、日本の神様と仏様が織りなす、深い歴史が隠されています。
今年2025年は7月13日に狭山市内各地で天王様が開催される予定です。
「天王様」の正体は「牛頭天王(ごずてんのう)」です
まず結論から。私たちが「天王様」と呼んでいるのは、牛頭天王(ごずてんのう)という神様のことを指しています。
牛頭天王は、もともとインド仏教の神様で、京都・祇園の守り神とされていました。非常に力が強く、疫病を流行らせる恐ろしい面と、手厚く祀ることでその疫病を鎮めてくれるという二つの顔を持つ神様として、古くから人々に篤く信仰されてきました。
この牛頭天王の別名が「天王様」であり、その神様を祀る八坂神社やそのお祭りが、いつしか「天王様」と呼ばれるようになったのです。
なぜ八坂神社が「天王様」と呼ばれるの?歴史をさかのぼる3つのポイント
では、なぜ八坂神社と牛頭天王が結びついたのでしょうか。それには3つの歴史的なポイントが関わっています。
ポイント1. かつての御祭神「牛頭天王」への信仰
現在、京都の八坂神社や全国の多くの八坂神社の公式な御祭神は、日本神話に登場する素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。
しかし、これは明治時代以降の話。それ以前、八坂神社(当時は「祇園社」「感神院」などと呼ばれていました)では、主祭神として「牛頭天王」が祀られていました。
特に、疫病が流行りやすかった夏に、その災厄から逃れようと人々は牛頭天王に必死に祈りを捧げました。日本で最も有名なお祭りである祇園祭も、元々は牛頭天王の力で疫病を鎮めるための神事だったのです。このため、人々は神社やお祭りのことを、親しみを込めて「天王様」と呼ぶようになりました。
ポイント2. 日本独自の文化「神仏習合」
「日本の神社なのに、なぜインドの神様が?」と疑問に思うかもしれません。その答えが、神仏習合(しんぶつしゅうごう)という日本独自の文化にあります。
神仏習合とは、簡単に言うと「日本古来の神様と、大陸から伝わった仏教の仏様は、実は同じ存在の別の姿なのだ」と考える思想です。
この考え方によって、八坂神社の牛頭天王は、日本の神様である素戔嗚尊と同一の神(本地垂迹説では、仏である牛頭天王が、日本の神である素戔嗚尊として現れた、とされます)とみなされるようになりました。これにより、祇園社で牛頭天王を祀ることに違和感がなくなり、信仰はさらに広まっていきました。
ポイント3. 明治時代の「神仏分離」と残された愛称
時代は下り、明治時代。政府は「神道と仏教をはっきりと分けなさい」という神仏分離令を出します。
これによって、全国の神社やお寺は仏教的な要素を取り除くことになりました。八坂神社も例外ではなく、公式な御祭神を「牛頭天王」から「素戔嗚尊」へと改めたのです。
しかし、公式な名前が変わっても、人々の心に深く根付いていた「天王様」という呼び名が消えることはありませんでした。何百年もの間、疫病退散を願って呼び続けた愛称は、そのまま現代に受け継がれているのです。
京都だけじゃない!狭山市内の「八坂神社」と「天王様」の関係
「天王様」のお祭りは京都に限りません。狭山市内のあなたの町の近くにも「八坂神社」や「天王社」があります。例えば、柏原地区にある白鬚神社もその1つです。
全国各地にある八坂神社や、八坂神社と名の付く神社の多くは、京都の八坂神社を総本社としています。総本社の神様を、分霊(ぶんれい)という形で各地にお迎えして祀ったのが、これらの神社なのです。これを勧請(かんじょう)と言います。
つまり、祀っている神様のルーツは同じです。
そのため、京都の八坂神社が「天王様」と呼ばれてきたのと同じ理由で、全国の八坂神社やそのお祭りも「天王様」と呼ばれているのです。各地の夏祭りが、祇園祭と同じように神輿を担いだり、山車を引いたりするのも、総本社である京都・祇園祭の影響を受けているからです。
入間川の八幡神社の「天王様」とは別物?
狭山市駅西口近くの八幡神社でも天王様が毎年開催され、毎年多くの人が迫力ある神輿を見にあつまります。この天王様は八幡神社の境内にある八雲神社をルーツとするものです。八坂神社も八雲神社も今は素戔嗚尊を祀る神社であるため、いわば兄弟のような神社です。
私たちの身近にある「天王様」は疫病退散を願う歴史の証
最後に、今回のまとめをすると
- 「天王様」の正体は、疫病を司る神「牛頭天王」のこと。
- 明治時代まで、八坂神社では牛頭天王が祀られていたため、神社やお祭りが「天王様」と呼ばれた。
- 「神仏習合」により、牛頭天王は日本の神・素戔嗚尊と同一視されていた。
- 明治の神仏分離で祭神は変わったが、民衆の間の「天王様」という愛称は残った。
- 全国の八坂神社は京都が総本社のため、各地で同じように「天王様」と呼ばれている。
何気なく呼んでいる「天王様」という言葉には、疫病という目に見えない恐怖と戦い、神様に救いを求めた昔の人々の切実な祈りの歴史が刻まれています。
「天王様」のお祭りに行くときは、ぜひこの背景を思い出してみてください。お祭りがもっと深く、興味深いものに見えてくるはずです。
今年の柏原白鬚神社での天王様は、7月12日に前夜祭となる「宵宮祭」が18時より開催され、翌日に13時より神輿と山車が地域を練り歩きます。同日に市内各地の八坂神社、八雲神社を勧請している神社でも天王様が開催されているところもありますので、是非チェックしてみてください。
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